どこもが穏やかな空気で満たされ、
時がそれぐらい経ったのかすら忘れてしまうほど怠惰な世界。
ここに存在する誰もがそう思っていたに違いない。

だが、天蓬と共にその地を訪れた二人は、
そこがあまりにも異様な雰囲気をかもしだしている事に、驚きを隠せない様子だった。


「なぁ天ちゃん、面白いトコ連れてきてくれるんじゃなかったのかっ?」
「あぁ…俺もこいつに同感だな。
 こりゃあ、どうみたって面白い場所じゃなさそうだぜ?」


天蓬は二人のリアクションをいかにも楽しいといった表情で聞き流す。
そして、何か含みを込めた笑顔で見据えるとこう答えた。


「おやおや、二人とも、下界の遊園地っていうところに有る『お化け屋敷』っていうのを
 知らないんですか?一見気味が悪くて怖そうなところにほど、
 それはもう楽しい秘密が隠されている事が多いんですよ?」
「……おばけやしき……?」
「そう、お化け屋敷……」
「要するに、俺たちはまんまとコイツの趣味に付き合わされたってことだ……」
「おやおや、それは心外ですね。付いてきたいって言ったのは、二人のほうですよ?
 私には充分に楽しそうな所だと思えるんですけどねぇ……」


捲簾はふぅと大きなため息をつくと、肩をすくめてやれやれといったポーズをとる。
いつもなら興味津々といったリアクションを取るはずの悟空が、
どういう訳か今日に限っては思うような反応を示さない。


「おいチビ、なんだお前、ひょっとしてビビってんのか?」
「………………」


そんな悟空の雰囲気を感じ取ったのか、天蓬は瞳の奥に奇妙な光を灯していた。


「まあまあ、とりあえずせっかくここまで来たんですから、とりあえずは、
 目的のお屋敷まで行ってみませんか?」


あまり乗り気ではなさそうな捲簾の尻を叩くように、天蓬は目の前の大きな城を指差す。
それは、見た目は寂れているものの、造りは決して粗末なものではなかった。
主が誰かは良くわからないが、おそらく以前はかなり繁栄した城なのだろう。


「ちぇ、しゃーないなぁ……おい、チビ、行ってみるか……!」
「……う、うん……」


三人はようやく動きだし、目の前の寂れた城の中へと足を踏み入れた。
身の丈の軽く三倍はあるであろう、大きな門をくぐりぬけ、大理石で作られた思い扉を開け放つ。しかしそこは、外見とは違って小奇麗にされており、くもの巣一つ張っている様子はなかった。
足元の床から伝わる冷たさが、三人の背筋まで凍らせる。


「なぁ天ちゃん、ここすんごく寒くねぇ?誰かいんのか?」
「ええ……たぶん……」
「おい、多分って、お前そんなことも知らねぇで、俺たちをここまで連れてきたのか?」


そんなやり取りをしているうちに、誰もいなかったはずの回廊に灯が点る。
三人はぎょっとしてその灯の先に目をやった。
すると、そこには誰が見ても相当の年月を生き長らえているであろう、老婆が立っていた。
普通の寿命ですら数千年の天界において、
顔中がしわくちゃの老婆の年齢は全く見当が付かないほどだ。
薄く光を放つ銀髪は綺麗にまとめられており、身なりもそれなりに小奇麗にされている。
よく見れば、その顔立ちもどこか品のよさを漂わせていた。

冷静になってその場の状況を考えれば、
人様の住居に無断で踏み込んだのは自分たちの方だった。
不思議そうな表情で三人を見つめる老婆に、天蓬は丁寧に挨拶を返した。


「あ……これは突然無断でお邪魔してしまいまして、申し訳ありません。
 私たちは決して怪しい者のではありません。
 できれば貴方様のお話をお伺いしたいと思いまして、ここまで来た者です」
「…ほう…今更、こんな主もいない城に、何の用かね……?」
「なぁ婆ちゃん、ここって『おばけやしき』っていう楽しいところなんだろ?」
「おいチビ!お前いきなりそりゃないだろっ!」


しまったという表情で悟空の口元を塞ごうとする捲簾たちを見て、その老婆は怒るどころか、
嬉しそうな表情で瞳を輝かせた。


「おや、これはこれは……とんだお客様が舞い込んだもんだね……」


そう言いながら軽く三人に向かって手招きをしてみせる。
そして、そのまま三人を奥の間へと引き入れたのだった。


「もう何百年ぶりだろうね……この城にお客さんが来るのは……」


もてなしとも思える素振りで、中央の円卓に人数分の茶を入れる。
部屋の中は薄暗く、お世辞にも居心地のいい場所とはいえなかったが、
三人は老婆に勧められるがままに円卓に付き、入れてくれた茶をすすりだした。
すると、さっきまでの緊張がほぐれたのか、悟空がきょろきょろと辺りを見回しだす。


「なぁ、なぁ婆ちゃん、ここお茶菓子ないの?あんぱんとか、かれーぱんとか?」
「悟空…あんぱんもカレーパンも、お茶菓子ではとは言えないんですけどね……」
「そうだぜ、おチビ、なぁ婆さんどうせなら、給仕してくれる綺麗な女官さんとか…いねぇ…?」
「……捲簾……」
「あははは……こりゃあ面白いお客さんたちだねぇ……
 まあ、簡単な食べ物ぐらいなら用意できるから、待っておいで……」


老婆は皺くちゃの顔をより一層くちゃくちゃにして楽しそうに笑った。
どこからか美味しそうな菓子を持ち込んでは、突然の訪問者たちに気前良く振舞った。
そしてその瞳の先には、いつもどう言う訳か悟空の姿があった。


「ところでお婆さん、こちらは確か代々、閻魔大王様の母君がいらしたお屋敷ですよね?」
「おや、これはこれは……懐かしい昔話をしに来てくださったのかね?」
「ええ……まぁ……それで、ある書物で読んだのですが、
 ここには閻魔家のもう一人の姫君がいたはずでは……?」
「……ああ……随分昔の話だがね……そりゃあもう、美しい方でしたよ……」
「……で、その姫君は閻魔家に代々伝わるある鏡を持っていたのではなかったですか?」
「……はて……そうじゃったかのう……わたしゃ、ただの使用人だからの……
 そんな詳しい話までは、よう知らんよ……」
「……そうですか……じゃあ、私の独り言とおもって聞いていてください……」


老婆が何かを隠している事など、天蓬にはしっかりと判っていたが、
敢て問い詰める事はしなかった。
そして自分が今まで知りえた知識を、物語を聞かせるかのように淡々と語りだした。



「閻魔家には代々不思議な力を持つ鏡が宝物として伝えられていました。
 その一つが有名な浄玻璃の鏡です……
 地獄で閻魔様が死者の過去を……全ての嘘を見抜くという鏡……」
「ひえぇ〜そんなおっかない鏡持ってんの?閻魔様って……!」
「ええ、そうなんですよ……だから、地獄に落ちた者がどんな嘘をついても、
 閻魔大王はその嘘を鏡ですぐに見抜いてしまう。
 だから悪人は決して極楽浄土には行けないわけです」
「おいおい、笑顔でそんな怖ぇことさらっと言うなよ!」
「でもですね、ここ…閻魔家に、公にはされていませんが、
 もう一つの鏡が宝物されて守り継がれてきたという伝説があるんです……」
「…って、もしかして、ブスでも超~美人に映っちゃう鏡とか?」
「まぁ、そういうこともあるかもしれませんが、それだけではないんですよ。
 浄玻璃の鏡が過去を映す鏡なら、反対に未来を移す鏡があってもいいと思いませんか?」
「……ほぅ……なるほど……そいつはすんげぇかもしれねぇ……って……!」
「……そう……もしそんな鏡があったら、権力争いには格好の獲物ですよね?
 何しろ皆の未来が見えてしまうんですから……
 でも、本当にその鏡が存在していたとしたら、どうして公にされなかったと思いますか?」
「そりゃあまぁ、見るのは怖いけど、未来がわかるんなら誰でも手に入れたいって思うから、
 あぶねぇんじゃねえの?」
「……ですよね……?」


天蓬はちらりと老婆の方を見た。
老婆は表情さえ変えてはいないものの、その指先が小刻みに震えている。
その重い唇が動きだすまで後もう少しと踏んだのか、天蓬はさらにその先に話しを進める。


「私が調べた機密事項の書類には、
 閻魔家ではそれを別々の人間に託していたらしいです…… 
 まあ、過去を映す鏡を閻魔大王が持っていたとしたら、
 おそらくもう一つの鏡は例の姫君が持っていたのではないかと思うのですが……
 どういうわけか、随分以前に、その姫君が鏡ごといなくなってしまっているんですよね……
 そして、そんな一大事が大騒ぎされる事もなく封印されている……
 おかしいとおもませんか?」
「……たしかに……」


その時、二人の話を呆然として聞いていた悟空が、何気なく口を開いた。


「……ひかりだ……」
「……ひかり……?」
「そう、ひかりだよ……まぶしい……太陽の光……
 俺はその光の方に、あいつと一緒に行きたかったんだ……なのに……」
「……悟空……?」


悟空は瞳いっぱいに涙をため、二人を見つめた。
そんな悟空の様子を見ていた老婆は、いてもたってもいられなくなったのか、
その重い口を開きだした。


「もうやめんしゃい……それ以上のことはその坊やに聞かせん方がいい……」
「そうですね……僕のかわりに貴方が話してくださるのなら……」


老婆は深いため息を吐き出すと、目の前にいた悟空の茶色い髪をくしゃくしゃと撫でた。
そして、どこか遠くを見つめながら、ゆっくりと話を始めた。


「亡くなった姫様はそれはそれは美しい方での……
 鏡を持っているもいないも関係なしに、
 毎日ひっきりなしに殿方が姫様目当てに通ってこられた。
 中には世に名の通った神様もおられたが、何故か姫様は全く相手にされんかった……」
「それは、誰か意中の方がいらしたっていうことですか?」
「……まぁなぁ……姫様は見かけや位にこだわるお方ではなかったからのぉ……
 ただ純粋に姫様を想ってくれる、心の綺麗な殿方を慕っておったんじゃ……」
「で、姫様とその殿方は、相思相愛だったわけなんですね?」
「ああ……確かに……そうなんじゃが……」
「ま、世の中にありがちな、邪魔が入ったって訳ですか?」
「ああ、その殿方は優しいいい方だった……
 だが、どうにもこうにも家柄だけは他の男たちには勝てなんだ……
 そこに、姫君がもっておられる宝物の鏡の話がまことしやかに囁かれ出してな……
 結局は他の殿方のところに嫁ぐ事が決まってしまったのじゃ……」
「……それで……その姫様は誰のもとに嫁がれたのですか?」
「今の天帝の元に……嫁ぐ予定じゃった……」
「…予定だった?」
「そう……じゃが、姫様はその目的が自分ではなく、鏡を得る事だと知っておられた。
 だから、閻魔家に言い継がれていた通り……」


老婆は唇を噛み締め、ぎゅっと手を強く握り締めていた。
思い出すのも辛いというのが、その様相から見て取れた。


「鏡に自分の命を封じ込め、自害されたんじゃ……」
「……自害……ですか……それで、その鏡は……?」
「姫様自身の手で……割られたよ……」
「割った?!」


天蓬と捲簾が声を合わせて叫んだと同時に、悟空は大粒の涙をその瞳から落としていた。
金色の瞳からあふれ出た涙は、一瞬にして冷たい床に弾かれた。
その涙が意味するものを知るのは、その場には誰もいなかった。


「それでは、その鏡は今はなくなってしまったのですね?」
「ああ……私が鏡を割った瞬間、まばゆいばかりの光が鏡から飛び出していきおった。
 後にはかけら一つのこっておらなんだ……」
「そうですか……それは悲しいお話ですね……」
「ああ……残念だなぁ……そんなに綺麗なお姫さんだったら、
 是非一目お目にかかりたかったぜ!くそう……あと数百年早く生まれてりゃあなぁ」
「そりゃあ残念だったのぅ。じゃが、姫様なら後ろを見ればその美しさが拝めるそ?」
「えっ?!」


薄暗くて今まで気にもかけていなかった部屋の中を、言われて初めて見渡してみる。
広い部屋の中の一番端に、その姫君の肖像画が描かれていた。
自害する前の美しい笑顔を称えたまま。


「うっわぁ〜すんごい美人ですねぇ!」
「わぁお!めっちゃ俺好み!」
「……た……く……」
「悟空?」
「あれ……ナタクじゃねぇ?」
「……!!……」


悟空に指摘されるまで、誰かに似ているとは思っていたが、
その主がはっきりとしなかった。
だが、今その名前を耳にして、三人は肖像画を目の前にして
驚きのあまり身動きが取れなくなってしまった。
そこにある絵は、美しい姫君の肖像画であると同時に、
今や天界で押しも押されぬ闘神、ナタク太子と生き写しだったのである。


「おい、こりゃ、ただの偶然か?」
「……だと、いいのですが……」
「うわぁ、ナタクだ!ナタクだっ!」


瞳を輝かせながら絵を見入る悟空を尻目に、
天蓬と捲簾は苦い表情でその瞳を見つめあった。
そして、天蓬はさらに申し訳なさそうに老婆に対してある質問を突きつけた。


「ところでお婆さん、お姫様が愛していた男性というのは、その後どうなったんですか?」
「それが、わしもよう知らんのじゃ。いつの間にやら行方が知れなくなってな。
 噂では姫様が亡くなった悲しさで気がふれて、後を追ったんじゃないかということじゃった」
「そうですか……」
「だがな……どうにもこうにも、最近わしゃあ、嫌な予感がしてならんのじゃ。
 お前たちがここに来てくれたのも、何らかの運命じゃろう。
 そこでお願いじゃ。できればこの坊主をここに置いてってくれんかの?」
「悟空を……ですか……?」
「ああ……こういう明るい子供が側におってくれれば、わしも毎日が楽しく送れそうじゃ。
 是非そうしてくれんかの?」
「……いえ、この子は、今はある方の庇護を受けています。
 観是音菩薩の保護下にありますので、僕の一存では承諾しかねます。
 大変申し訳ございませんが……」
「……そうか……菩薩のなぁ……じゃあ、無理は言えんかの……」
「…………」


寂しそうな老婆を目の前にして、流石の天蓬も表情を沈める。


「なに?婆ちゃん俺と一緒にいてーの?う〜ん、わりぃな……
 俺さ、今金蝉と一緒にいるんだ。だから帰んなきゃ。
 でも、俺もここ好きだから、また遊びに来るよ!ナタクにも逢えるしな」
「そうか…また来てくれるか……で、そのナタクって言うのは誰の事じゃ?」
「ん? この絵にそっくりな俺のコイビトだよ?」
「悟空、この場合は『トモダチ』というのが適切だと思うんですが……」
「え?だって捲兄が教えてくれたんだぜ?
 抱き合ったりする大好きなトモダチはコイビトって言うんだって……」
「……捲簾……!!」
「はっはっは……おませな坊主じゃのお……!
 ますます気に入ったわい。これからはいつでも遊びにおいで!」
「うん!」



三人は老婆の見送りで、その城を後にした。
訪れた時とは全く違った想いを、それぞれの胸に抱きながら。











≪ あとがき ≫
大変長らくお待たせいたしましたm(_ _ ;)m
ようやく第4話完成です;
構想は当の昔に立てているのですが、如何せん仕上てません( ̄▽ ̄;)
これからは頑張って書きますので、
夢小説共々、こちらの方も読んでやってください〜〜♪
お願い致しますm(_ _)m


暗い深淵を彷徨い続け、何かを捜し求めていた。
それが何かなんてわからなかったけど、
唯一安らげる場所を探して、俺はもがき続けていた……

〜 銀糸伝説 〜   其の四

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